誰もが「地の塩」のひと粒
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道は分かれる
まだ10代の頃、地元で当時シャネルズの桑野氏(たぶん)とすれ違ったことがある。
今、シャネルズといってどれくらいの人がわかるかは不明だが、
彼らは大田区大森界隈の出身で、私と地元が同じなのである。
戸越銀座におけるCharのようなもので(笑)地元を歩けば会うことも不思議でなかっただろう。

そんな地元出身グループが「ザ・ベストテン」なんかに出るような人気者だったのだから、
当時高校生だった私の周りでもファンも多く、話題にもなった。

シャネルズと同年デビュー(1980年)の横浜銀蝿が単純ロックンロールだったのに対して、ドゥーワップとかブラックミュージックをベースにしていたシャネルズというのは、今思うとなんだかすごい。
時は折りしも「つっぱり」ブームで、シャネルズも銀蝿も多くのつっぱり少年少女のスターであったはず。
シャネルズはデビュー当時も「本業」を持っていて、特に佐藤くんの「海苔屋さん」は印象的だった。
何か、大田区の下町出身の不良だけど「筋は通してます!働いてます!」みたいなところがほっとさせた。(銀蝿はどちらかというとチャラチャラした感じだった)

そんな彼らの「事件」で「ああ、やっぱりろくでもない不良か」と思われたかもしれない。
私がすれ違った(?)桑野氏もその犯罪に加わっていた。
昨今の芸能界の事件からしたら、実はたいした話でもなかったかもしれないんだが。

そして、ラッツ&スターとしての活動もヒットを出した。
不思議だったのは、桑野と田代が志村けんとコントに出るようになったこと。
そういうタレントは勿論多いけれど、何かもうミュージシャンとしては終わったんだと思わせた。


田代まさしが5度目の逮捕となったその姿には衝撃を受けた。
デビュー時から30年・・・そう30年の年月の長さ、重さ・・・
自分も40代の半ばになったから幾らかは思いを馳せるものがある。

同じA地点からほんの少し角度のある分れ道を歩んでいく自分Bと誰かC。
最初はBとCとの距離はまだ近いが、同じ角度でも距離が長くなるほど2点間は開いていく。
角度を変えない限り縮まない距離。
「海苔屋さん」がゴスペラーズやRIP SLYMEのプロデュースをしていたとは驚いた。
鈴木雅之は今や、見かけもゴージャスなソウルシンガーで活躍している。
かつての仲間とも、もう大きな距離がひらいてしまった田代まさし。
ともだちはずっとともだちではない。
境遇は人と、その関係を変える・・・

※田代本人は大田区の出身ではないそうです
コメント
コメント
こっちにも書いておこ(笑)
ありましたね~ シャネルズの事件。あと、「ザ・ベストテン」でスタジオ入口の回転ドアをぶっ壊したこともなかったでしたっけ?

>同じA地点からほんの少し角度のある分れ道を歩んでいく自分Bと誰かC。
最初はBとCとの距離はまだ近いが、同じ角度でも距離が長くなるほど2点間は開いていく。

そう考えると切ないですね。
でも、この表現でまず思い出したのは「ザ・ぼんち」でした(苦笑)相変わらずのジャンク脳です…
2010/09/27(月) 05:55:58 | URL | CAPTAIN #lzXuAO9U [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> こっちにも書いておこ(笑)
> ありましたね~ シャネルズの事件。あと、「ザ・ベストテン」でスタジオ入口の回転ドアをぶっ壊したこともなかったでしたっけ?

いや~誰もいなかったので、嬉しいです、コメントありがとうございます。
それは記憶にないですが、あのドアって結構壊れやすかったり、うまく出て来れないことありませんでしたか。

> そう考えると切ないですね。
> でも、この表現でまず思い出したのは「ザ・ぼんち」でした(苦笑)相変わらずのジャンク脳です…

書きながら自分も思い出してました!恋のぼんちシート、でしたっけ~w
あの頃私が高校生でしたからCAPTAINさんは小学生ですかね。よく覚えてますね。
そういや、ぼんちはどこいったんだ?関係ないけど「ザ・パンチ」も!
2010/09/27(月) 23:43:01 | URL | rubyjun #- [ 編集 ]
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